イギリスでサウナ文化が最近まで根付かなかった理由

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サウナ子

イギリスは今サウナブームですが、なんで日本よりブームがゆっくりなんですか。

今回はイギリスの現在のサウナの歴史をアカデミックに振り返って行きたいと思います。そしてなぜイギリスでは、(ヨーロッパではなぜかイギリスだけが)サウナの文化が根付かなかったかをイギリスの公共浴場の歴史(正史)と「裏」歴史を振り返ります。

サウナブームが難しいと思われたイギリスでも、これだけ花開いた理由フィンランド政府の政策を考察します。

目次

イギリスの公共浴場とサウナ文化の歴史的背景

【19世紀〜20世紀初頭】:温浴文化と公衆浴場の時代

イギリス独自の温浴文化は、ローマ時代の影響を受けた「バスハウス(Bath House)」に始まります。

世界遺産でもあるバースのお風呂が有名ですね。

19世紀の産業革命以降、労働者の衛生環境改善を目的として、公衆浴場(Public Baths)が各都市に建設されました。しかし、これらはあくまで「清潔のための場所」であり、リラクゼーションやウェルネス目的のサウナ文化は根付いていませんでした。

イギリスのコレラ流行と都市の衛生問題

1830年代〜1850年代にかけて、イギリスでは大規模なコレラの流行がありました。都市部の急激な人口増加により、スラム街では下水・飲み水・ゴミ処理が劣悪しました。衛生状態の悪化が感染症の温床となり、死亡者が続出。


イギリスの公衆衛生運動とBath Houseの登場

1842年、医師エドウィン・チャドウィック(Edwin Chadwick)が『労働者階級の衛生状態に関する報告書』を発表しました。これを受け、1848年に「公衆衛生法(Public Health Act)」が制定され、初めて国が上下水道整備や清掃義務を担うようになります。この流れで、「清潔な体は健康への第一歩」という意識が高まり、洗濯所(Laundries)と連結したBath House(公衆浴場)の建設が奨励されました。

Bath house とは、ロンドンのサウナの聖地、Comunity Sauna Bath Hackney Wickが入る、あの建物です。

Bath House Hockey wick
このBath Houseは現在ダンスなどのイベントに使われており、裏庭がサウナ施設になっています。

1846年:イギリス最初の公共Bath and Wash House

ロンドン・ロセンサル(Liverpool Street近く)に英国初の公的浴場が建設されました。この施設は、市民が安価に清潔な湯を使えるように設計され、労働者の健康改善を狙ったものでした。

イギリスの公共Bath and Wash Houseの利用者は誰だったのか?

主な対象は、貧困層や労働者階級の家に風呂がなかった人々でした。衛生環境の改善と同時に、道徳教育や社会秩序の維持とも結びつけられました。


イギリスの公共欲情は「リラックス目的」ではなかった

現代のような「リラックス」「リトリート」のサウナ文化とは異なり、Bath Houseの目的はあくまで「汚れを落として病気を防ぐ」ことでした。

そのためサウナやスパというよりは、清掃施設・社会福祉インフラに近い存在でした。

日本の銭湯もインフラの意味が強かったですが、戦後の銭湯の進化=いわゆる壁画に富士山を描いたり、コーヒー牛乳を飲めたりなど、福祉であっても楽しんでやろうという強かな庶民性を感じますね。


【20世紀中頃】フィンランドやロシアからの影響

第二次世界大戦後、フィンランドやバルト三国、ロシアなどのサウナ文化が徐々に紹介されるようになります。

しかし、これはあくまで在英北欧人コミュニティの中に限られたもので、一般層には広がりませんでした。ロンドンなどの一部に「フィンランド式サウナ」が設置されるも、スポーツジムの付属設備として位置付けられ、メインの目的ではなかったのが実情です。

【2000年代】スパ文化とウェルネスの始まり

2000年代に入り、都市部を中心にスパ施設の人気が高まり、ホリスティック・ウェルネスやマインドフルネスが注目されるようになります。

これに伴って、スパの一環として「サウナ」や「スチームルーム」が導入されましたが、利用スタイルは「数分入って汗をかいて終わり」という軽いもので、日本やフィンランドのような「整う」体験はまだ認知されていませんでした。

【2020年以降】パンデミックと「リトリート」志向の高まり

COVID-19パンデミックにより、室内ジムや娯楽施設が閉鎖される中、人々の生活スタイルが一変。自然の中でのリラクゼーションや、心身を整える時間への需要が高まったことで、アウトドア型サウナやモバイルサウナが徐々に注目され始めました。イギリスでは特に、ウェールズやスコットランド、コーンウォールなど自然豊かなエリアで「湖畔サウナ」や「海辺のバレルサウナ」といった形態が登場しています。


【現在(2020年代半ば)】「ととのう」文化と北欧ブームの融合

フィンランド人は明らかにととのうことの多幸感を歴史的に知っていたと思います。しかしそれが極東の漫画家であるタナカカツキ氏が「サ道」(モーニングコミック)において初めてこの人間の感覚を言語化しました。「ととのう(Totonou)文化」がSNSやYouTubeを通じて英語圏でも広がり、「サウナ→水風呂→外気浴」のサイクルがイギリスでも徐々に定着し始めています。

ただ実際に日本でいう「ととのう」というカルチャーがイギリスで流行るかはまだのびしろがあるように思えます。一部のサウナ業者がやたら外気浴をこだわったり、あるサウナ業者は「ととのう」をFIXと訳しているように思えますが、未熟な感じがします。

外気浴のこだわりがわかるサウナ

ととのうことを目的にしているマンチェスターのサウナ(お店の名前が明らかにタナカタツキの「サ道」の影響が伺える。いい翻訳。)

ロンドンやブライトン、マンチェスターなど都市部でのプライベートサウナ施設の増加しています。サウナ×アート、サウナ×ヨガ、サウナ×瞑想といったコラボイベントの開催が多いです。

イギリス人にとって、浴場は汚れを落とすための実用であって、レジャーではなかったのです。イギリス人の悪いところがでますね。(イギリスの食べ物もレジャーではないのがその大きな例ですが。)

ただ上記のイギリスのサウナの歴史は、現在のウェルネス系の系統の歴史であり、裏歴史ゲイサウナに関してはまた別の物語があります。

イギリスサウナの「裏」歴史

19世紀〜1950年代

同性愛が表立って存在できなかった時代

同性愛は1533年から法律で禁じられ、1967年まで違法行為とされていました(イングランド・ウェールズ)。ゲイの人々は、公園・公共トイレ・裏路地などの「クルージングスポット」を通じて密かに出会うしかありませんでした。この時代、サウナがゲイ空間として機能することはほぼ不可能でした。

一部のトルコ式バス(Turkish Baths)が「曖昧な社交場」として存在しましたが、表立ってゲイ空間とはされませんでした。


1967年〜1980年代

同性愛の合法化と地下文化の誕生

1967年:同性愛が合法化(21歳以上、プライベートに限る)
↳ これをきっかけに、ロンドンやマンチェスターなどの都市でゲイコミュニティが可視化され始めます。

1970年代には、「ゲイ専用のサウナ」とまではいかなくとも、ゲイフレンドリーなトルコ風バスや会員制施設が出現しました。しかしこの時期、警察による摘発や差別的取り締まりも多く、半合法・地下的な運営が続きます。

ロンドンでは、Hammam-style baths(東洋風スチームバス)がゲイの男性同士の出会いの場となることもありました。


1990年代〜2000年代

イギリスゲイサウナ文化の「黄金時代」

1990年代以降、AIDS危機の沈静化とともに、ゲイサウナが一気に増加しました。

例:Chariots(ロンドン)The Boiler Room(ブリストル)Base(マンチェスター)など。

多くはゲイの方の「リラクゼーション+出会いの場」として機能しました。

サウナには、以下のような設備が整えられました。

  • スチームルーム、
  • ジャグジー
  • 仮眠室
  • 個室
  • バー

ゲイコミュニティにとって、クラブやバーとは違う「安全で静かな出会いの空間」として重要な存在に。


2010年代

SNS・アプリの登場とサウナの役割変化

Grindr(LGBTQ+(主にゲイ、バイセクシュアル男性、トランスジェンダー向けの位置情報ベースの出会い系アプリ)などの出会い系アプリの普及により、若年層の「出会いの場」としてのサウナ利用が減少しました。一方で、中高年層や「アプリ疲れ」層の間では、依然としてリアルな交流と居場所としての役割を保持されました。HIVの理解が進み、プライドやヘルスチェックと連携したサウナイベントも開催されるように。


【2020年代:現在】

価値の再定義と社会的役割の変化

コロナ禍で一時的に多くのサウナが閉鎖しました。特にChariotsのような老舗が閉店し、ゲイサウナ文化の終焉を懸念する声も上がりました。

しかし2023年現在、以下の動きが見られます。

ゲイサウナがリトリート型・ウェルネス型に変化しました。ヘルスケア団体とのコラボ(HIV予防啓発、ワクチン接種キャンペーン)LGBTQ+の包括的空間として、トランスジェンダーやノンバイナリーへの対応も始まっています。

特にロンドンのピカデリーにあるSweatboxは、クラブとスパの中間的空間としてリブランド中です。

なぜイギリスではサウナが主流にならなかったのか?

上記の歴史的背景からさまざまな複合的要素によって、イギリスでサウナが根付かなかった理由がわかります。

  • 実用的で楽しみもない衛生・道徳観念による共同浴場にそもそも文化などなく、プライバシー重視で、北欧やドイツと違い裸文化への抵抗感がある
  • パブ文化やティールームなど、他の社交空間があったため、サウナが必要なかった
  • サウナが「高級」「特別」なものとして定着し、日常的な庶民の習慣にならなかった
  • 1970年代以降のサウナ=風俗的・非健全なイメージがあった(サウナの「裏」歴史)
  • 現代において、公衆衛生の向上で自宅にバスルームが普及し実用的であるため、公衆浴場の必要性が減った

サウナが再び注目されるようになった理由

下記のような部分的な原因が考えられます。

  • ウェルネス・健康志向の高まりとコロナ禍での意識変化
  • コミュニティサウナやモバイルサウナの登場と急増
  • SNSや有名人の発信によるイメージ刷新
  • 若い世代や多様な層の利用拡大、イベント型サウナの登場
  • サウナが「新しいパブ」や「社交場」として再評価されている

しかしながら一番大きかったのは、2000年代のフィンランド政府と企業の文化輸出の戦略で「サウナを文化遺産として世界に広める」動きを加速させていました。

2020年、サウナ文化がユネスコ無形文化遺産に登録しました。そしてフィンエアーやフィンランド観光局が積極的に「サウナ×観光」を打ち出すようになりました。

そしてイギリスのインフルエンサー、サウナ施設オーナーたちがフィンランドを訪れ、現地体験を持ち帰る例も急増したのが原因かと思われます。

現在のイギリスサウナブーム

イギリスのサウナは、2023年時点では45ヵ所しかありませんでしたが、2025年現時点では147ヵ所と急拡大中です。海辺や湖畔、都市部に多様なサウナが誕生しました。ロウリュやアウフグース、DJイベントなど独自の進化をしました。

コミュニティ志向・低価格・誰でも参加できる仕組みが多いですね。

コミュニティーを重視するサウナチェーン「Community Sauna Baths」

フィンランドやドイツの伝統を取り入れた本格派サウナも増加中

今後のイギリスのサウナの展望

今後はイギリス独自のサウナ体験やコミュニティ文化が生まれてくる可能性があります。

  • パブ文化と融合した「パブサウナ」
  • サステナブルな薪焚きバレルサウナの普及
  • 医療・メンタルヘルスとの連携(NHSとのコラボレーション)
  • サウナ室で物語を聞く(アウフグースと外気浴をミックス)

来週、サウナソーシャルクラブでやる、Breathwork(呼吸法)のワークショップに行くことになりました。こちらも楽しみです。またレビューを書きたいです。

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