世界的なサウナ熱が加速して久しいが、2026年現在、特にユニークな進化を遂げているのがイギリスと日本だ。イギリスでは「ブリティッシュ・サウナ・ルネサンス」と呼ばれるムーブメントが席巻し、一方の日本では「ととのう」という言葉がもはや日常語となり、文化から「生活の一部(ライフスタイル)」へと完全に移行している。
同じサウナという装置を使いながら、なぜこれほどまでにスタイルが異なるのか。
筆者は2019年からの日本の第三次ブームでサウナにのめり込んだ日本人だが、ロンドンに住んで、実際にイギリスの熱狂を目の当たりにすると、その性質の違いに驚かされる。
プレミアリーグのアーセナルの応援歌にLouis Dunfordが作曲した『Angel (North London Forever)』があるが、この歌詞にも出てくるように、イギリスにおいてサウナは怪しげなものでしかなかったのだ。
See the brasses from the brothel that pretends to be a sauna (エンジェルの商店街には)サウナを装った売春宿がある 『Angel』 Louis Dunford
これはつい最近の話であり、そして今でも部分的にはそうである。
イギリスのサウナを解き明かす3つのキーワード、Community(コミュニティ)、Ritual(リチュアル)、Wellness(ウェルネス)という視点から、日本との決定的な差を考察してみたい。

Community:パブ文化の継承(英) vs 孤高の静寂(日)

サウナにおける「他人との距離感」には、両国の国民性がこれでもかというほど如実に表れている。
イギリスではパブに代わる酒なしの社交場にサウナは取って代わろうとしている。 イギリスにおいて、サウナは急速にアルコールを必要としない社交(Sober Socializing)の拠点となった。
多くのコミュニティ・サウナは男女混浴で水着着用が基本。友人とお喋りに花を咲かせ、時にはサウナ室内で詩の朗読や音楽ライブまで行われる。 背景にあるのは、若者のパブ離れだ。健康を損なわずに人と繋がれる場所として、サウナが選ばれている。
日本においては内省を極める「黙浴」の美学である。 第三次サウナブームの火付け役であるタナカタツキの漫画『サ道』の一話にもあるが、サウナに入っている漫画家の主人公が対照的に、日本のサウナは徹底して「自分自身と向き合う場所」だ。漫画『サ道』でも描かれている通り、コミュニケーションをとりたがる大男をうざがっている。日本においては室内でペラペラ話すのはマナー違反とされる。
イギリスにもQuiet Sauna(お喋り禁止)の限定的なサウナはあるが、正直なところ、あまり人気があるようには見えない。 日本ではコロナ禍を経て「黙浴」が完全に定着した。
静寂の中で己の鼓動に耳を澄ますスタイルこそが主流であり、最近では「ソロサウナ(個室サウナ)」も珍しくなくなった。交流を求めるなら、サウナ後の「サ飯(サウナ飯)」で、というのが日本流の線引きだ。

Ritual:エンタメとしての儀式(英) vs ストイックな手順(日)

サウナ中の体験をどう特別にするかというアプローチも、イギリスと日本では実に違っている。
イギリスにおいては、現実の日常生活から離れるためのサウナ内でのRitual(儀式)が重要視される。それには二つの儀式があると思う。一つはアウフギーサー(熱波師)が主役で五感を揺さぶる体験型エンターテインメントだ。ドイツ由来のアウフグースは独自の進化を遂げ、2026年には「全英アウフグース選手権」がカナリーウォーフで国民的な注目を集めるまでになった。
また、ヴィヒタ(木の枝)を使った「ウィスキング」も、自然のエネルギーを取り入れる「聖なる儀式」として、どこか神秘的な響きを持って受け入れられている。
そしてもう一つ手軽にできるのが、4度から8度にガンガンに冷えた水風呂と熱々のサウナとの温冷交代浴である。ちなみに日本の水風呂は16度が平均とされ、イギリスの水風呂の温度が遥かに高い。
日本のサウナブームの火付け役は、この言葉で表されている。つまり「ととのう」だ。
快感への「科学的ルーティン」 日本のリチュアルは、最高の快感を得るための「規律ある作法」と言える。「サウナ・水風呂・外気浴」を3セット繰り返すという、世界的に見ても稀なほど体系化された黄金比が存在する。 特に水風呂への執着は凄まじい。
イギリス人はこの日本流の「ととのう」という状態をまだわかっていないように思える。これがイギリスサウナの伸び代だと感じている。テレ東のドラマ『サ道』は毎回、どこかのサウナに言って、経営者に運営のどこにこだわっているかなどをインタビューして、主人公のイラストレーターが「ととのった」と言って、花柄の明らかに合成の様子を見せてくれるのだが、本当にととのったことのある人ならわかるだろう。あの状態が叙情的な映像ではなく、叙事的に本当にああなってしまうことを。
プロレスラーの長州力の言葉を借りれば「(合法的に)飛ぶぞ」ということである。
しかしながらイギリスにおいて「ととのう」のは難しい。施設の問題ではなく、時間の問題である。
イギリスにおいてはサウナは時間制限があり、60分、長くても90分だ。そのため90分でサイクルを三つ回すのはかなり慌ただしい。そのためイギリスにおいて外気浴、休憩は軽視されがちだ。
一度贅沢にブライトンのbeach box saunaで 二セッション予約して、90分x2とさらに30分の入れ替えがあった(合計3時間半)で、その時にはイギリスでもととのえた。
Wellness:バイオハッキング(英国) vs 脳のデトックス(日本)

最後に、二つの国のサウナに求める「健康」の定義を見てみよう。
イギリスにおいてサウナは、身体機能の最適化 、科学的に身体をハックする側面のメリットが強調されている。自律神経の訓練、免疫力向上、睡眠の改善。NHS(国民保健サービス)に頼り切るのではなく、自分の体は自分で守る「自己防衛」の手段だ。
冬の海での寒中水泳とサウナを組み合わせた「ワイルド・ウェルネス」が、メンタルヘルス対策として処方されるケースも増えている。
Heathは健康と略されるが、つまり病気がない、検査数値が正常であるといった、マイナスではない状態を維持することに重点がある。
それに比べウェルネス(Wellness)はプロセスや生き方を指す。健康を土台として、さらに人生の質を高め、肉体的・精神的・社会的に最高に調子が良い状態(プラスの状態)を目指す能動的な姿勢のことである。
日本においてサウナの健康は、情報の洪水からの「脳の遮断」と言った意味が強い。 多忙な現代社会における「メンタルリセット」に重きを置いている。スマホも仕事も物理的に遮断されるサウナ室は、デジタルデトックスの最後の聖域だ。脳の疲労を取り、マインドフルな状態に戻ることが最大の目的。今やオフィスやマンションにサウナが併設されるのは、この「脳を整える」必要性が社会に認められた証だろう。
日本においてはサウナは男性は男性用、女性は女性用と性別で分けられる。そのためあまり異性に見られているような視線は気にしない。しかしながらイギリスにおいてはほぼ混浴なので、水着は着ているとはいえ、それなりに他人の視線が気になる。そのことが自身の体の肉体改造につながり、イギリスの方がサウナにおける健康は日本より遥かに高い。
日本は昔から温泉の文化があり、今のサウナは温泉と併設されている。そのため昔ながらの男女別の伝統が続いている。イギリスにもBathやBuxtonなど温泉が出るエリアがあるが、Bathは47度近くあるが、Buxtonは27度しかなくそのまま温泉として浸かるには温度低い。
結論:2026年、私たちがサウナに求めるもの
イギリスのサウナ文化は「外向き(Outward)」であり、他者や自然との繋がりを再構築しようとしている。対して日本のサウナ文化は「内向き(Inward)」であり、個の平穏と感覚の鋭敏化を追求している。
手法は違えど、共通しているのは「サウナが単なる入浴ではなく、より良く生きるための不可欠なツールになった」という事実だ。
2026年、あなたはイギリス流の賑やかなリチュアルでコミュニティを楽しむだろうか? それとも、日本流のストイックなルーティンで究極の「ととのい」を目指すだろうか? どちらにせよ、その先には新しい自分が待っているはずだ。


